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薬について (1)

−     完治を目指して     −


◆ 薬は 「心」 に作用しない ◆
    パニック障害は、 "生物学的な基盤を持つ頑固な慢性病であり、一定のプロセスを持って経過していく脳病である" ※1 という認識が必要です。
    始めは私も、パニック障害に対して、うつ病と同じSSRIが処方されることに納得できませんでした。 Sクリニックの先生に 「今日の治療薬」 という分厚いカタログの中からジェイゾロフトを示された時、適応症の欄に「うつ、うつ状態」 と 書かれていたことが今でも忘れられません。 私は自分がうつ病だなんて思っていなかったし、それどころか、 快活ではないにしても、仕事や生活に対して前向きで、バイタリティがあるほうだと思っていましたから。
    パニック障害の体験記を綴った個人サイトなどを見ると、処方された薬を涙とともに流し込んだというようなエピソードが 数多く見られます。 それらのコメントを見ると、多くの人は抗うつ薬に対して、『コワいクスリ』、『やばいクスリ』、 『キチガイが飲む薬』 といった先入観があったことが伺えます。
    自分の症状を治してくれる薬に対してそのような疑惑を持ちながら服用しなければならないことは、ある意味で不幸で、 心理的にも良いものとは思えません。 @作用機序についてきちんと理解しA副作用のリスクと向き合いB自分に対して効くのかどうかの経過をきちんと観察すべきです。  何よりまず、危険なドラッグなどとはまったく違い、治療を目的として量、質ともにコントロールされた治療薬なのだ と認識することが重要です。

    もうひとつ大切なことは、これら心の病に対して処方される薬は、自分の性格を変えてしまうものでは ない ということです。 性格や情動など、『心』 そのものに作用するわけではないのです。
    私がはじめてSSRIを満量服用したとき、「気分がハイになるのかな」 と思いましたが、 結局は何も起きませんでした。 お薬は気分を強引にを釣り上げるのではなく、脳の働きを回復させるだけと 考えたほうがよさそうです。
    このように、お薬は脳の物質的な側面(ハードウエア)に作用しますが、脳の中に現れる情動(ソフトウエア)を変える力はないのです。 このことは、パソコンのハードウエアが壊れたとき、プログラムのアップデートをするのではなく、機械そのものを修理するということに喩えることができます。 心が故障しているから薬を飲むのではなく、脳の機能を取り戻すために薬を飲むのです。 私はなにも、心身二元論を展開しようとしているのではありません。 そんなことは難しくて繊細な問題です。 何より重要なことは、 患者が元の快活な生活と生きがいを取り戻すという、足元の現実的な目標が先に立つのだということを言っています。

    私は、風呂場で発作を起こしそうになることがあります。 シャンプーを洗い流すとき、下を向いて目を閉じた状態でお湯をかぶりますね、 この動作が、ちょっとした呼吸困難の感覚を甦らせるのです。 洗い流しのお湯が顔を伝って流れ落ちるとき、人は鼻からお湯が入らないように軽く息を調整しています。 これは多くの人が無意識に行っていることで、普通なら何の気もなしにできてしまうことですが、私はこの洗い流しの時に呼吸の仕方が一瞬わからなくなり、 過呼吸になりそうになることがありました。 そんな日は、無事に頭は洗い流せても、その後次第に頭の中がゾワゾワしてきます。 すると、頭の中に別の何かが忍び寄って占領してしまうような恐怖に発展します。 そして風呂場でひとり素っ裸でうろたえるのです。 不気味なことを言うようですが、これは経験しないとなかなか理解できないでしょう。 自分の自我、意識ははっきりしているのに、それを押しのけて、別の 「何か」 が頭を占領しようとしているように感じるのです。
    いわゆる、「狂気」、「気が狂ってしまうことに対する不安」 と表現されるパニック発作の症状は、 この感覚を言うのではないかと思っています。 この感覚は、自分の意思とは明らかに区別できる 「何者か」 です。 この 「何者か」 をやっつけたい、 「何者か」 を発生させる脳内の故障を何とか治したいと思うのはごく当たり前のことです。 パニック障害その他の心の病に効くお薬は、この 「何者か」 を発生させる脳内の故障を治療するものであって、「何とかしたい」 と願う心、その人個人そのものに手を加えるものではないというの認識を持つことが必要です。
※1 ・・・ 貝谷久宣(=医療法人和楽会 パニック障害研究センター) : 「パニック性不安うつ病」(2002年)


◆ パニック障害の治療薬 ◆
    パニック障害についての研究が進んだのは戦後のことで、有効な治療薬もつい最近までありませんでした。 ただ、抗うつ剤が効くことは 以前から知られていて、かつては三環系抗うつ薬(TCA)のひとつであるイミプラミンが 最もよく効くとされていました。 その後、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)のひとつである ジェイゾロフトが日本で認可されてからは、このジェイゾロフトがパニック障害治療薬としての第一選択肢になりました。
    人よっては、ジェイゾロフトが体に合わない場合もありますが、基本的にはジェイゾロフトが一番効きます。また古いお薬と比較して 副作用が飛躍的に少なくなっています。 私が服用した感触としては、ジェイゾロフトがまるでパニック障害の治療の専門の薬なのではないかと思うほど、 よく効きました。

    パニック障害と診断されると、すぐにジェイゾロフトが処方されます。 最初は少量 (25mg程度) を 一日1回、約一週間服用し、アレルギー反応などが出ないかどうかを観察します。 その結果問題がなければ、1ヶ月ほどかけて 段階的に服用量を増やしていきます。 どのぐらいの期間をかけてどこまで増やすかは医師の判断に拠ります。
    この、服用量を増やしていく段階で、多くの人は副作用を経験します。私の場合は 頭痛、下痢、離人感、吐き気を催しました。 離人感はうつに似た症状ですので、離人感が出たときには正直、服用を中断しようかと思ったほどです。 しかしこの段階で、何となく気が付いたことは、「動悸亢進が軽減されている」 ということでした。 その一点に希望を見出し、服用を続けていると、 最初の増量から約一週間後には、劇的な発作は完全におさまります。 その後、更に動悸亢進が気にならなくなり、 服用から1ヵ月後には、ほぼ元通りの生活ができるようになりました。

    ここで服用を止めると、発作が再発します。 いきなり大発作が起きるのではなく、 まず軽い発作が甦り、そこから徐々に徐々に強い発作へと戻っていきます。 ここで慌てて服用を再開すると、症状は再び和らいでいきます。 だから、発作が落ち着いても、その後1〜数年間にわたって薬を飲み続ける必要があります。 その過程で気をつけなければならないのが残遺症状です。
    残遺症状は、薬を飲み続けているにもかかわらず発現する、慢性的な不快感です。 患者によってはパニック障害との関連が判らず、 まったく別の病気として、医療機関を転々とします。 残遺症状が現れたら、かかりつけの先生にきちんと話をして、頓服を出してもらいましょう。 痛みがひどい場合には、選択的セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)を処方されるかもしれません。  ただし、SNRIはパニック障害の治療薬ではないため、パニック障害の患者にはちょっと向かないかも知れません。 副作用や離脱症状に悩まされる恐れがありますので、医者とよく相談して出してもらいましょう。 私の場合、 SNRIの一種であるサインバルタを処方してもらい、20mgを2日に1カプセル服用しました。 痛みは消えましたが、 離脱症状のシャンビリと思われる耳鳴りがしばらく続きました。

    残遺症状をうまくコントロールしながらジェイゾロフトの長期服用を粘り強く続け、増量完了から1〜数年後、 今度は減薬を開始します。 減薬は増量よりも慎重に、段階的に、数ヶ月から1年くらいの長い期間をかけて行います。 そしてついに0mgまでになったとき、 断薬となるのです。
    この断薬を焦ったり、減薬のペースが早すぎたりすると、残遺症状が顔を出し、 ひどいと発作が再発します。 ちょっとでも調子が悪いと感じたら、すぐに引き返す勇気が必要です。 私の場合、 薬の服用を忘れてしまうほど容体が改善していたため、満を持して断薬に踏み切りましたが、断薬から半年後に残遺症状が現れ、さらに半年後に発作が再発し、 結局、断薬からちょうど一年後にジェイゾロフトの服薬を最初からやり直すという屈辱を味わいました。

    服用中に残遺症状が出なかったり、服用を中断しても発作が甦らない人は、それほど重度のパニック障害ではなかったということです。 短期間の服用で寛快してしまったり、行動療法や認知療法を中心とした治療で治ってしまったりすると、パニック障害はやっぱり 「心の病気」 という捉え方をしてしまい、「心を治す」 的な方法がもっとも効果的だと結論づけてしまいます。 そうなると、「治療薬」 を 「危険な薬物」 と混同し、 お薬に対して異常なまでの潔癖を示すようになるのです。 このような人が実際に私の知り合いにいるのですが、その人は 気分に常に波があり、辛そうに見える割には、人の言う事を聞かない (お薬を受け入れない) で、お薬と、お薬を処方する医者や お薬を服用する人の批判ばかりを展開します。 実際、いつまでたっても調子が悪そうです。
    多くの場合、残遺症状や再発と気長に付き合いつつ、医者とともにあらゆる治療法を吟味し、活用しながら前向きに取り組む中で、 次第に元の自分を取り戻していくというプロセスを辿ります。 行動療法や認知療法も治療の過程で非常に重要ですが、 お薬の補助・併用のアイテムであり、お薬の代替えとはなりません
    よく、「私はパニック障害を克服した」 というキャッチフレーズで高額の教材を買わせようとする人がいますが、 人によって障害の重度も症状もまったく違うので、誰かの経験がそのまま自分の治療法として使えると思い込まないよう、気をつけてください。 そもそも、 「パニック障害を克服した」 などとは、なかなかそう簡単に宣言できるものではないのだということは、 上記の減薬の過程の長さと残遺症状のしぶとさを見れば判ると思います。 私見ですが、web上に見る 『「パニック障害を克服した」談』 の多くは、 小遣い稼ぎのモグリ (仮病) か、軽微なパニック発作を数回経験しただけの人なのではないかと思っています。
    『「パニック障害を克服した」談』 の多くはお薬による治療を軽視したものです。 ですが、このページの先頭に掲げた 貝谷先生の言葉を思い出してください。 パニック障害は、"生物学的な基盤を持つ頑固な慢性病であり、 一定のプロセスを持って経過していく脳病"なのです。 パニック障害の既往歴を持つ人を親に持つ場合、発症率が8倍にもなることなどからも、 この障害が 「根性」 ではなく、生物学的な形質にある程度左右されるものなのだということがわかります。 まずは生物学的なアプローチが必要なのだ、 という認識をしっかり持ちましょう。


◆ もとの自分を取り戻す ◆
    しぶとい残遺症状と戦いながらの長期戦を続ける中で、患者の心は次第に萎縮 していきます。 さらに、広場恐怖がある場合には行動が制限され、ドライブをしたり旅行に行ったり映画を観に行くことが少なくなってしまい、昔ながらの友人とも 次第に疎遠になったり、新しい友達ができにくくなったりします。 先に引用した貝谷先生は、別の論文の中で、そんな患者の状態を次のように表現しています。

    パニック発作は消失し、治療がうまくいっているようであっても、患者にも治療者にも気づかれないほど軽微な抑うつ状態が忍び寄ってきている ことがある。 この状態では抑うつ気分は強くないので患者自身がそれを苦痛に感じて悩むことはほとんどない。  "何となくときめかない" といった患者の言葉で形容されるのが最も適切な状態である。 患者自身にも治療者にもとりわけ注意を払わなければ気づかれることなく、 無関心と自発性減退の状態が持続する。 Quality Of Life (QOL) が低下した、いわゆる無味乾燥な人生を送っている患者である。 臨床観察をこのようなことに 留意して行うと、この種のパニック障害患者はかなりの数にのぼる。
    (貝谷久宣,山中学,土田英人,安田新 : 「SNRIとパニック障害」(2002年))

    この表現は、残遺症状を避けながら生きている自分の姿勢とマッチします。 薬のおかげで発作はすっかりおさまり、 普段の日常を取り戻したように見えても、実質的には会社と自宅を往復するだけの日々になっていたりします。 心理的にも、 「おとなしくしていた方が良い」 と割り切ってしまう癖が付いてしまって、なかなか思い切った行動ができなくなったりします。 私は、そんな状態を 「治った」 とは思いたくありません。
    かつては、仕事が楽しくてしょうがなかった自分。 通勤電車は混んでいるけど、電車に乗ることそのものは好きだった自分。 お調子者でひょうきんだった自分など、病前の快活な自分の姿を懐かしく思う人も多いのではないでしょうか?

    一方、自分のセロトニン分泌に悪影響を及ぼすような病前習慣もあったのではないでしょうか?  たびたび夜更かしをしたり、暴飲暴食をしたり、徹夜してまで仕事を頑張ったり、長時間パソコンに向かっていたり、暗い部屋でテレビを見ていたり していませんでしたか?
    言動パターンはどうでしょうか? 喧嘩っ早かったり、電車内や駅などの人混みで人を押しのけたり 荷物をぶつけたり、職種や出生によって人を見下したり、ネット上で社会の批判を無駄に展開したり、人物 (組織や会社) のバッシングをすることにうつつを抜かしたり してませんでしたか? 
    環境の影響も見逃せません。 ストレスの多い職場、批判や悪口の多い職場、渇いた家庭環境、 過酷なプロジェクトのはしご、肌に合わない気候、腹を満たすだけの粗末な食事など...。
    取り戻すべき自分は取り戻すとしても、パニック障害発症の因子を取り除かなければ、再発してしまうかもしれません。 取り除くことが できないなら、回避策をとったり、逆にそれと正面から向き合って慣れるよう訓練した結果に心から納得する必要があります。

    パニック障害治療の過程は、もとの (病前の) 「自分という人間」 の本質を取り戻しつつ、 原因となっていた病前性格や環境を改善・克服し、あるいは新しい習慣や環境を獲得することで新しい人生を切り拓いていく過程でもあると思います。 『自分はもう安心だ!』と、空気を思いっきり吸える幸せを実感できるその日まで、根気良く、強かに、慎重に、そして何より積極的に治療に臨んでいきましょう。




    ≪ まとめ ≫
  ■ パニック障害は、生物学的な基盤を持つ頑固な慢性病であり、一定のプロセスを持って経過していく脳病である。
  ■ SSRIは危険なドラッグなどとはまったく違い、治療を目的として量、質ともにコントロールされている。
  ■ SSRI、性格が変わるわけでも、ハイになるわけでもない。
  ■ パニック障害治療薬の第一選択肢はジェイゾロフト。
  ■ うつに伴う痛みというものが存在する。
  ■ うつに伴う痛みに対してはSNRIが奏功することがある。
  ■ SSRIやSNRIは、副作用とともに離脱症状にも一応注意すべき。
  ■ 減薬や断薬を焦るのは禁物。
  ■ 早すぎる断薬は症状を後戻りさせる。
  ■ 「パニック障害を克服した、完治させた」などと軽々に、高からかに宣言できるものではない。
  ■ パニック障害治療の過程は、「元の自分に戻る」 ことを超えて、「新しい人生を切り拓いていく過程」 であると言える。




                

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